令和7年4月 「住宅地を見渡す家型石棺」

更新日:2025年02月01日

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市長てくてく城下町タイトル
上田清

大和郡山市長

テレビの有名番組「ナニコレ珍百景」でも取り上げられたことがある市内千日町の『割塚古墳』。

昭和43(1968)年、宅地の造成にともない行われた発掘調査では、横穴式石室や家型石棺とともに朝鮮半島由来とみられる金・銀製の豪華な耳飾りや銅鏡、馬具などが出土、古墳自体は6世紀前半のものとされました(昭和53年、市史跡に指定)。

その後埋め戻され、古墳公園として保存されてきましたが、墳丘の一部が崩れたことを受け、令和2 年から市による発掘調査の結果、このほど大型の横穴式石室やくりぬき式の家型石棺が良好な状態で保存されていることが確認されたのです。

3月2日の現地説明会には、市内外からのべ750人もの多くの方にお越しいただきました。

住宅地を見渡す家型石棺、なるほど珍百景です。

 

どこにでも古墳がありそうなイメージの奈良県のうち、本市は古墳があまり築かれていない地域だそうですが、それでも大きく二つの地域に古墳が築かれています。

ひとつは富雄川流域から矢田・小泉の丘陵地にかけての地域で、いわゆる蛇行剣の発見で話題となった富雄丸山古墳(奈良市)や郡山新木山古墳、松尾寺口の周辺に残る笹尾古墳や小泉大塚古墳、そして割塚古墳などが含まれます。

もうひとつは額田部丘陵を中心とする地域で、松山古墳や額田部狐塚古墳などが含まれます。

もっとも、こうした地域とは別の場所で発見される古墳もあり、たとえば水田の下に姿を消した古墳も今後見つかる可能性がまだまだあるのだそうです(『平和のシンボル、金魚が泳ぐ城下町。~郡山の歴史と文化~』より)。

そうしたなか、昨年末「郡山城の下に前方後円墳?」という新聞記事が大きな話題となりました。

支持する専門家もおられるそうで、富雄丸山古墳や割塚古墳などとの位置関係を考えても、興味は尽きません。

先日オープンした郡山城跡公園で、近世にとどまらない豊かな歴史を肌で感じていただければ幸いです。春風のなか、どうぞお出かけください。