平成28年12月 日の出と日の入り~市長てくてく城下町

更新日:2021年03月19日

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市長てくてく城下町
上田清

大和郡山市長

 秋の日はつるべ落とし。
 今はほとんど見なくなりましたが、つるべは縄などの先につけて井戸の水をくみあげる桶のことで、手を放したつるべが井戸の底に向かって一気に落ちるように、秋の日が早く沈んでしまうことを表したことわざです。
 ところで私たちは毎日、生駒山や矢田丘陵の山並みに沈む夕日を眺めながら過ごしています。
 しかし、その山並みの向こう側にある大阪ではどうでしょう。
 当たり前のことですが、大阪の夕日は大阪湾に沈み、朝日は生駒の山並みから昇ります。
 その大阪の大部分はかつて海だったため、南北に延びる上町台地は貴重な陸地で、その上にまちが発展していく一方、太陽が通る東西の軸は心のよりどころとされ、埋め立てなどで陸地が広がると、この軸沿いに大きな神社や寺院が「生駒山の山々から朝日を受ける位置に」作られ、例えば「住吉大社と(生駒山地にある)高安山は東西を軸としてほぼ一直線上に並」んでいるそうです。
(『大阪アースダイバー』中沢新一著より)
 朝日と夕日。日の出と日の入りに先人は何を感じていたのでしょうか。
 昇る朝日に生きるエネルギーを感じた人々が、死者の再生を願って、生駒山の麓に墓地を設けたという中沢氏の発見は、古代の生活に太陽が果たした役割の大きさをあらためて考えさせてくれるのではないでしょうか。
 私たちにとって、生駒山や矢田丘陵はあくまでも太陽が沈む場所。郡山城天守閣の金箔瓦も、その西日に輝いていたに違いありません。
 来春完成する天守台展望施設から、先人の姿に思いをめぐらせてみませんか。