平成24年2月 『古事記』と梅

更新日:2021年03月19日

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市長てくてく城下町
上田清

大和郡山市長

 いよいよ『古事記1300年紀』の幕開けです。
 古(いにしえ)から語り継がれてきた伝承を整理・暗誦(あんしょう)し、古事記の編さんに大きな役割を果たした語り部の稗田阿礼は本市の出身とされます。そこで「人間ってすごいじゃないか。語り継ごうよ、語り部の里から。」を合言葉に、1年を通じてさまざまな事業に取り組む予定ですが、まずは2月4日(土曜日)のオープニングイベントにご期待ください。
 一方この日、郡山城址で『第9回大和郡山盆梅展』が開幕します。昨年は1万2千人もの方々にご来場いただきました。この勢いに乗り、今年は市内の観光スポットや商店街などともあわせて、幅広く楽しんでいただきたいと思います。
 ところで、古くから日本人に親しまれてきた梅の原産地は中国で、約1500年前、漢方薬として伝来し、平城京でも薬用に植樹されたそうです。
 平安時代以降、長期保存のために梅干しが発明されますが、一般の家庭に広がるのは江戸時代に入ってからでした。
 梅といえば、盆梅展の会場にもなっている「大手門(追手門)」は、柳澤氏によって「梅林(ばいりん)門」と名づけられています。これは、梅の実がのどの渇きをいやし、兵士の士気を高める効果があるとした中国の故事に由来するとか。
 そんなことを調べていると、わが国には「古事記に梅なく、万葉(集)に菊なし」という言い伝えがあることを知りました。
 そういえば、古事記のイザナキ、イザナミの物語では桃の実がイザナキを救いますし、桃太郎伝説や桃の節句など、桃にまつわる物語や行事が古代に多いのはどうしてなのでしょうか。