平成23年4月27日 ともに生きる

更新日:2021年03月19日

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市長てくてく城下町
上田清

大和郡山市長

 ある被災地では、単純に計算するとガレキの処理に100年かかるという結果が出たとか。震災の直後から順次、被災地に入った本市の職員からもそれぞれ、見渡す限りのガレキと、人が消えた町の姿に言葉を失ったという報告がありました。
 別紙のコーナーでもお知らせしているとおり、こうした職員の派遣のほか、市民の皆様に多大のご協力をいただいている募金活動や支援物資の提供に加えて現在、ホームステイや空き家等の募集を行っていますが、避難所での暮らしもやがて2か月になろうとするなか、ひとつの選択肢として、一時的、あるいは中長期的な転住を希望される方々には、できる限り協力させていただきたいと考えているところです。
 その際、大切なのはまず、働く場所ということになります。そこで、昭和工業団地をはじめとする市内の企業や、農業経営者、あるいは商業関係者の方々などに、少しずつでも雇用の確保をお願いできないか呼びかけるとともに、子どもたちの教育や保育施設への転入などについても、柔軟に対応することとしました。
 連日のニュースには胸が痛むばかり。
 自分自身を含め、科学が発達し、生活が便利になればなるほど、自然の本来の怖さを人間はついつい忘れてしまうんだなとあらためて思います。
 でも、学んだこともありました。それは、人と人とのつながりの大切さ。大和郡山市の合言葉と言ってもいい『つながり』を原点に、これからも息の長い支援を通じて、この時代をともに生きる思いを共有したいと考えていますので、ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。