平成16年7月3日 金魚と川柳

更新日:2021年03月19日

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市長てくてく城下町
上田清

大和郡山市長

 金魚のべべがほしいと目高の子(『誹風柳多留』)

 これは天保4(1833)年につくられたという川柳です。最近はあまり使われなくなったかも知れませんが、「べべ」とは着物のこと。金魚の鮮やかな赤色と素早く動き回る目高、つまりメダカのようすが目に浮かぶではありませんか。また、こんな句もあります。

 びいどろの中で泳ぐを猫ねらひ(『同書』)

 400年あまり前、オランダ人を通じて長崎に伝わったガラスは「びいどろ」(ビードロ)と呼ばれましたが、庶民の間に広く普及するまではかなりの時間を必要としました。ですから、木製のたらいで金魚を飼育し、鑑賞するのが一般的であった江戸時代の前半は、上から見て美しい金魚がもてはやされ、その後ガラス製の金魚鉢の普及とともに、今度は横から見た美しさが競われるようになったという話を、金魚の養殖に携わっている方から聞いた覚えがあります。この句は文化2(1805)年の作品ですから、そのころになるとあの懐かしい金魚鉢があちこちで見られるようになっていたのでしょう。優雅に泳ぐ金魚をガラス越しに狙う猫…これまた何とも懐かしい光景ではありませんか。

 いよいよ金魚すくい選手権のシーズンが近づいてきました。第10回目を迎えた今年は、第1回 大和郡山市大会の開催や県予選と全国大会の連続開催などに踏み切りましたが、あわせて、金魚や金魚すくいへの思いを大人から子どもまで「川柳」という形でのびのびと表現し、競いあうコンテストを開催できないか、選手権を彩る新たな試みとして今、提案しているところです。