まちかどレポート494

更新日:2021年03月19日

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まちかどレポート

まちかどレポート494 平城京跡から郡山城下町

(まちかどレポーター佐藤)

平城京跡から郡山城下町(平成29年9月25日掲載)

観光ボランティアガイド主催の再発見ウォークが、今月(平成29年9月)からまた始まります。
秋初回は9月30日の「平城京跡から郡山城下町」、近鉄九条駅に午前9時までに集合、西市跡-九条公園-羅城門跡-佐保川-枳殻地蔵-洞泉寺などを巡り、近鉄郡山まで歩きます。
見所ポイントを、写真で少しだけご紹介しましょう。

柵に囲まれた石碑の写真

西市跡

富本銭出土地・平城京跡と書かれた石碑の写真

富本銭出土地

九条にある、平城京の西市跡の万葉歌碑、「西の市に ただ独り出て眼並べず 買へりし絹の 商じこりかも」独りで市場に行って絹を買ったら、安物を掴まされてしまったわーといった意味でしょうか。当時の平城京は10万人の人が居たといわれる大都会、この万葉歌からは、今と変わらない賑やかな市場の風景が見えるようです。その西市の東の九条公園で、最古の通貨「富本銭」が見つかったのは1985年のこと、それもたった1枚、3メートルほどの井戸跡の底から、祭祀具や他の通貨と一緒に発見されたのです。貨幣が昔の人々の祈りの場所から出土するのはよくあることで、この井戸もそういう場所だったのでしょう。もしかしたら、この1枚の富本銭は、「今度は安物を掴まされませんようにー」という、小さな祈りだったのでしょうか。

野原に生える栴檀の木の写真

栴檀の木

広場に生える冬の栴檀の木の写真

栴檀の木(冬)

栴檀(せんだん)の木が小さいころの風景と重なるのは、「栴檀は双葉より芳し」という言葉のおかげで、昔の小学校や中学校には栴檀の木が多かったそうです。写真は下三橋の佐保川岸にある栴檀の木で、右は去年の冬に撮影したもの。この木の根方には野神さまが祀られていて、古い祠を守る栴檀の大樹は、大きな神社の森のようです。

文字の書かれた道路の写真

佐保川

今回のウォーキングルートの佐保川堤防で、写真のような謎の文字を見つけて、思わず悩んでしまったのですが、実はこれ、「京奈和自転車道」整備の作業用の識別番号で、上空のヘリから見分けやすいように大きく書かれているんです。京奈和自転車道は、京都の嵐山から和歌山港まで175キロメートルを結ぶ広域転車道、2020年開通を目指しているそうで、謎の文字はSHは佐保川、L7は左岸の7番目とのこと、別にUFOのための目印ではないんです。

地蔵を参拝する女性の写真

枳殻地蔵

木に実る果実の写真

枳殻の実

郡山の町から矢田筋を東に歩くと、佐保川の郡界橋の袂に出る。ここは町外れの分かれ道、分かれ道には道しるべのお地蔵様が居られます。昔の人がそのお地蔵さまの回りに魔よけの枳殻(からたち)を植えたことから、枳殻(きこく)地蔵と呼ばれるようになったとか、戦争の時には郡山の人は、無事に帰国(きこく)出来るようにとこのお地蔵さまに祈って出征したとか、今も1本の枳殻の木がお地蔵さんの後ろに植えられていて、秋には黄色い実をつけて、僕たちに島倉千代子を思い出させてくれるのです。

病没娼妓乃碑と書かれた石碑の写真

病没娼妓乃碑

これは、洞泉寺の墓地にある「病没娼妓乃碑」。苦界に身を沈めて亡くなった名もない女性たちの供養の碑です。「石碑の声を聴いてみよう」の冊子の文には、「こうした悲しい碑もあることを知って供養していただきたいと思います」と結ばれていました。