まちかどレポート228

更新日:2021年03月19日

ページID 2747
まちかどレポート

まちかどレポート228 松尾寺の千手観音像トルソー

(まちかどレポーター 丸山)

松尾寺の千手観音像トルソー~白洲正子生誕百年記念~(平成23年11月22日掲載)

白地に白洲正子、千手観音トルソーと書かれた案内板の写真

現在、特別公開中(~12月25日)の「千手観音像トルソー」を見学してきました。
この日は大和郡山市再発見シリーズで「松尾寺~東明寺~子どもの森~矢田寺」を巡るハイキングの日だったのですが、昨日の大雨の影響を勘案しガイドクラブとして、ハイキングを中止することとなりました。
しかしながら、当日、遠方から来られた方の強い希望があり、松尾寺まで同行して松尾寺関係・周辺の案内をしました。
(僕自身の個人的な案内です)

2011年春、白洲正子さんの生誕100年特別展「白洲正子 神と仏、自然への祈り」開催され、その折に松尾寺から「千手観音像トルソー」が出陳されました。
そして、展示会では、この焼損仏の前に多くの人々の足が止まり、その姿に多くの方が感動されたそうです。

ご本尊の厄除け観音は、千の手、千の目をお持ちになる千手千眼観世音菩薩(秘仏)で、「図り知ることの出来ない広大な慈悲の力を備えられ、殊に霊験あらたかであった」と伝わっています
昭和28年の時、本堂の解体修理の中で、たまたま、本殿の屋根裏にコモに囲まれた焼損仏が発見されたのです。そして、昭和28年から今日まで表向き一切紹介されず、仏像自身の分析・調査も一切行われなかったのです。
そんな秘仏を目の前にし、じっくり観察し、写真も撮ることができて僕はとてもハッピーでした。ありがとうございます。

松尾寺の紹介

古文書によれば、松尾寺は、養老2年(718)、天武天皇の皇子舎人親王が、勅命による日本書紀編纂の折、42歳の厄年であったため、日本書紀の無事完成と厄除けの願をかけて建立された日本最古の厄除霊場であると言われています。

親王が松尾山に参詣修行し、ご祈願の養老2年2月初めの午の日、東の山に紫の雲たなびき(瑞雲)、千手千眼観世音菩薩が天降りご出現なされたという「松尾山縁起」により、国運隆昌・国体安穏を祈祷申し上げる勅願寺として、歴代皇室の御叡信厚く、後水尾天皇も御持仏の如意輪観音を下されたと伝わる由緒ある寺だそうです。

今、特別公開中です。12月25日が公開の最終日ですので、興味のある方は、お出かけください。お勧めします。

展示物を写真を撮る男性と話し合う女性たちの写真

写真撮影OKのサインを出していただきました。
みんな、大喜びで、二度とないシャッターチャンスに頑張って撮影しました。

木彫りの仏像と座っている仏像が展示されている写真

焼損仏像、総高188センチメートル。
当初は240センチメートルはあっただろうと思われる一木彫成像で、旧本尊と推定されています

焼け残った木彫りの仏像の上半身アップの写真

胸部のくびれた形姿や、胸を後ろに引き腹部を前に突き出す弓なりの側面観によって、菩薩形立像だったと想像されます。

南総門前にて談笑する人たちの写真

南総門前にて

木々を背に三角の屋根が印象的な本堂の写真

本堂

七五三でお参りに来た4人家族が歩いている写真

この日は七五三参りの親子さんを多数見かけました。

山の頂上より街の風景を写した写真

深まる秋の風情は美しい。